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きれいなお姉さんを目指すブログ

①背筋を伸ばす②前を向く③まっすぐ歩く

方向

自分のやりたくないことはやらない、でやってみることにした。まず化粧をやめた。日焼け止めとオイル、ミネラルパウダーだけ。眉毛は書くけど。マナー云々といってもしないのはどうか、と言っているあたり何をしろ、という決まりはない=心意気があればOKという結論。スカートをやめた、ムダ毛はそるけど。何できれいにしたのをわざわざ見せなければ??????????お酒飲むのをやめた。飲んだら暴れるから面白い、と言われるけれど自分じゃとっくにわかっていたけどお酒おいしくない、気持ち悪い。だから飲まないように、人にその場だけ喜ばれるよりも自分の気持ちを優先しようと思う。

嫌なことをやめることで何ができるのかって、嫌なことに耐えるエネルギーを自分をかばうために使うことができるってこと。好き好んで苦しんでたとはいえ自分を否定するたびに自分で勝手に傷つくの大体ろくでもない。自分のこと大事にしたい。そう考えたら別に人に認められなくてもいいような気がしてくる。嫌なことやめたくなる。その繰り返し。承認欲求とか全然怖くない、今は。

身の回り(服装と自分の部屋、テリトリー)をきれいにしておいしいものを食べて、仕事を頑張って勉強を楽しんで、本を読む。何て幸せな人生なんだ、嫌なものが何にもない。ほしかったものももうそんなにほしくないし、何で苦しまないといけない?

ところで全然関係ないけど、~したいじゃなくて~しなきゃ、は自分に向けてバイアスを投げつけてるようなものだよね。社会規範に従う、善の意識、理性に従うというのは体のいい体裁で結局は自分を他人と置いてみるとアセクシャルノンセクシャルの人に対して~しなきゃ、とか何でしないの?とか投げつけてるようなものだ、そりゃ疲弊もする。別に自分がどうだとか、どうだからとかいうつもりはない。でも普段から差別はよくない、思い込みは、偏見は、って言ってる考えてるつもりなんだったらちょっとは一貫性、考えてもいいんじゃないのかな。どうだろう。

でかい口をたたくのはそうして自分を励ましてるから。自分の見方は自分だけ、と思いきったら案外怖くないものだ。最近は特にそう思う。