きれいなお姉さんを目指すブログ

①背筋を伸ばす②前を向く③まっすぐ歩く

無益

明日の試験の勉強をしないといけないので、でも集中ができないので、誰も興味がないようなことを語ろうと思う。好きなゲームの話。誰も興味がないと思うので読ませることもないだろう、だから誰にも迷惑をかけない。勉強しろだけど。

 ゼノサーガというゲームが昔好きだった。ギアスとブレイドも。中二病をこじらせて今も長い風邪を引いたまま、さほど変わらないでいる。ゼノシリーズ、今度新作出るけど、クロスもあるけど、でもゼノサーガというゲームがすごい好きだった。とても好きだった。初代KOTYだけど、とにかく好きだった。

なぜ今過去形かというと触らずにいて長い時間がたつからで、今も多分好きなんだろう。ゼノギアスでこじらせた作品愛とゼノサーガ本体にかかるコンテンツSF的世界観ストーリーのむちゃくちゃ性(いい意味で)詰め込みすぎてもう何もわからないキャラクターエピソード2にまつわるBNDINMKへのいろいろ、いろいろ。宇宙は多層的である、から始まるどうにかしてほしい信仰、モノリスと監督は神様で一生従って頭を垂れて生きていくと思っていた中学生、高校生。でもそれは確実に過去になってしまって、でも今も少しは生きている。ゼノサーガ、頭おかしいくらい好きだった。

一番好きだったのは主人公のシオン。彼女がもし語られ方を間違えられ?なかったとしてもプレイヤーは彼女の気持ちと乖離して彼女は嫌われただろうけど、ゼノギアスであったような運命側に偏りすぎて気味の悪くなった人たちに対する違和感、すごい好きだったんだよなあ。生まれ変わりとか科学的に作られたそういうもののために個人が個人でなくなっていく、でもその気持ち悪さ、違和感を超えてその科学性そのものに意味と意志を与えようとする方向、めちゃくちゃ好きだった。さっきから好きだったしか言ってない。宇宙は多層的であり、それ自体自衛的である。宇宙のバランスをもたらす神とそれに抗う神、さらに他次元の神がいて現宇宙は歪んで今まさに壊れようとしている、という前提からもう一度語りたい、語り明かしたい、語り合いたい。

結局ゼノシリーズの特性というものは設定資料集にがっつり盛られていた(あまりいい意味でなく)家族や自意識の問題ではなくて、もっとメタ的な物語が、宇宙の理が、科学そのものが人や気持ちやそういう微細な物事のほうへ近づいていくファンタジーへのそしてその逆転としてのゲームとしての魅力の形骸化、違和感の総和としてのゲーム化?なんじゃないだろうかって今は思う。結局入れ込みすぎたのかキャラクターは全部生きている感じがしなくなって、でも死んでいくことでちょっと、何か得られた気がした。そうでなくてもすべて丸めて好きだった。めちゃくちゃ乱暴だな。すごい好きだったし、そう思わせてくれるまでの要素を一からどこまでも惜しみなく注ぎ込んでくれたこと、一つで十分だったこと、結局全てには届かなかったこと、全部感謝してる。ゼノサーガはいいゲーム、PPとMYのこと忘れてないけど。まだ待ってるけど。ゼノサーガは好きなゲーム。本当に、掛け値なしで。

でも人に勧めるなら(誰にでも、という意味でなら)ポポロクロイス物語12を推すし、仲良くなった友達(長く付き合いたいタイプ)にならひつじ村DSを推すし、価値観があって一緒に拗らせたい?相手にはボクと魔王を推す。全部ハードが違う。救いがない。そして友達はいない。時間もハードもない。ゼノサーガはいいゲーム、本当に、勧めたいとは思わないけど。私はゲームでできてる。

身バレまっしぐら。生きていこう。

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